名古屋地方裁判所 昭和45年(ワ)2711号 判決
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〔判決理由〕(一) 傷害
<証拠>によれば、次のとおり認めることができる。
頭部挫創、脳震盪症、挫傷(顔面、両肩部、前胸部、上下肢、右膝部)、頸椎捻挫
(二) 治療経過
<証拠>によれば次のとおり認めることができる。
1 入院 昭和四四年八月一五日から昭和四六年一月二〇日まで
五二四日 吉田外科病院
2 通院 昭和四六年一月二一日から同年三月一日まで
実日数二日 同病院
そこで、本件事故と右治療との因果関係の有無について検討する。
前掲各証拠(診断書等)に証人渡辺蛟の供述をあわせ考えると、原告の右吉田外科病院における入院中の治療は、当初、頭部、顔面、両肩部、前胸部、上下肢、右膝部の挫創、挫傷に対する処置もなされたが、その大半はもつぱら、頸椎捻挫に基づく頭痛、項部痛、左耳鳴、左耳殻の知覚過敏、神経痛、棒疼痛、左顔面神経麻痺、左耳聴力低下、味覚鈍麻、倦怠感等の愁訴もしくは症状に対する処置がなされたものであることが認められる。右によると、原告の傷害は、外傷性頸部症候群の典型的症状を呈していたといえる。ところで、権威ある脳神経外科医が次のように述べていることは当裁判所に顕著な事実である(景山直樹教授、諸富武文編「外傷性頸部症候群」南江堂等)。同教授の大学病院における患者について研究した結果によると、外傷性頸部症候群の患者の頸椎X線写真について、全く変化が認められないかあつても彎曲異常程度であれば、多くは筋肉や皮下組織等の損傷と考えられ、一、二か月以内に治癒するが、明瞭な変化(明瞭な限局性の彎曲異常、角形成、椎体の辷り等)が認められる症例では、靱帯や軟骨に損傷があると考えられるのであるが、このような場合でも九〇パーセントの人が三か月ないし六か月で完全に治り、もとの職業にもどつてフル・タイムで働いていることが認められること。そして、このように靱帯や軟骨の治癒に時間がかかるのは、これらの組織に血管が乏しいためであるが、このような組織の場合、普通、恵まれた条件の下でも創傷治癒までに六ないし八週間かかるが、首の場合は比較的よく動くので恵まれた条件とはいえないが、それでも三か月ないし六か月あれば十分治癒するという結果が得られたこと。このような経過は一般外傷による損傷の場合と原則的に一致すること、大部分の人(九五パーセント)は適切な治療さえ受ければこのような自然治癒の経過をたどるものであること、ごく一部(五パーセント)の長期遷延例については右X線写真の頸椎に変化があるグループからも変化のないグループからも生ずるものであり、その遷延する理由は、患者の自覚的痛みとそれに誘発される血管運動神経を含む自律神経失調による悪循環とこれに患者自身の精神面が密接にからみ合つて作用するためであると考えられること。以上のように述べている。
したがつて、外傷性頸部症候群の患者の治療期間は、原則として右の通常の外傷の自然治癒の期間内でたりると考えられる。けだし、右期間内に九五パーセントの人が治癒するといわれているからである。そして、精神面、経済面等その他の要素が関与して治療が遷延したと認められる患者については、その精神的不安感等が通常事故に伴つて当然起りうるようなものであれば、右治療期間を認定するにあたつて考慮するのが相当であろうが、そのようなものでなければ、遷延の責任を事故の加害者に負わせることは相当でない。これを本件についてみるに、前掲各証拠によれば、原告のX線写真には変化がなかつたこと、脳波には異常がなかつたこと、原告の右愁訴が自覚症状によるものが多く他覚的所見によるものが少なかつたことを認めることができ、右事実によると、原告の傷害は関節軟骨や靱帯の損傷というよりも、むしろ筋肉や皮下組織等の損傷であつた可能性が濃いと考えられ、この場合であれば、通常、適切な治療を受けて自然治癒の経過をたどれば一か月以内に創傷治癒に至つたものと認められる。仮に、関節軟骨もしくは靱帯に損傷があつたとしても、右のとおり、通常長くても六か月以内には治癒に至つたものと考えられる。そして、以上の事実に、右証人および原告本人の供述により認められる原告が入院中しばしば外出しておりしかも退院後は通院がわずか二回であつたという事実および原告の精神面に影響を与えたとみられる原告の職業、性格、家庭環境ならびに鑑定嘱託の申請が原告不出頭のため撤回されたという弁論の経過を合わせ考えると、原告の前記治療期間のうち、昭和四四年八月一五日から同年一一月一〇日までの八八日間の治療は相当であつたことが認められるが、それ以降の治療は本件事故と相当因果関係あるものかどうか疑わしくこれを肯定することはむずかしいので、後記のとおり、この関係部分の原告主張損害は失当である。
(大津卓也)